久しぶりになる実家の夕飯を美味しく頂き、今はお風呂上がり。
ヴィヴィオはお母さんに髪を乾かしてもらおうと部屋を飛び出していったので、残った私は旧友であり今では最愛のパートナー――フェイトちゃんにメールを打とうと端末を開いたその時だった。
「なのはー、入るね~♪」
「あ、お姉ちゃん。どうしたの?」
今日はお店も早く閉めたらしく、家族全員でご飯を楽しんだ。
その時に一通りみんなと顔を合わせたけど、扉を開けてすぐにお姉ちゃんとご対面…やっぱり不思議に感じてしまう。
「んふふ~。これなんだけどね?」
「これ…CD?」
「そう。最近知ったんだけど、すっごい気に入ってるんだ!なのはも聴いてみない?」
―― ぽん、と手渡されたのは1枚のCD
―― 聴いてみようかな
―― そして流れる音色に 騒ぎ出す心
「何なんだろう…この、胸騒ぎ…。」
無意識に胸元のシャツを握りしめる。そこで手の平が汗で濡れていたことに気付き目を丸くした。
~*~
「――っ。」
バッと振り返っても、特に何もない。しかし妙に気になって辺りを何度か見回す。
「フェイト?どうしたんだぃ?」
「あ…ううん。何でもないよ、アルフ。」
なんとなくだけど、今なのはに呼ばれたような気がした。
(今頃ヴィヴィオとあの公園で遊んでるかなぁ…。)
スッと青空を見上げ、こことは別の世界のとある場所――海鳴臨海公園で、彼女たちが楽しそうにしている様子を頭に浮かべた。
私となのはの思い出の地であるそこは、ヴィヴィオにとってもお気に入りのスポットだった。
―― この仕事が終わったら 真っ先に二人の元へ行く気だった
―― 帰れると思っていた それが当然であると
「…よし。バルディッシュ。」
寡黙な相棒の短い返事と共に手の平に馴染む感触。グッと強く握りしめ、大きく前へ踏み出した。
「ご無事で…。」
控え目に、でも心のこもった言葉を背中で受け止め、私達は陰鬱とした世界に身を沈めていった。
程なくしてフェイトの祈りも虚しく雨粒は激しく地面を打ちつけ、どんよりと浮かぶ雨雲は次第に色濃く染まっていった。
~*~
「ママぁ、見て見て~!」
「…ぅわ!」
どっぷりと妄想に浸かっていたところに突然入ってきたヴィヴィオに、心臓が口から出るかと本気で思った。
日も沈んだというのに、娘の元気は衰えることを知らず。
「ママ?」
「もう…ヴィヴィオぉ。いきなり入ってきたらビックリするでしょ?」
実際本当に驚いた。飛び出さずに住んだ心臓を労るように胸を一撫でし、念のためやんわり叱りつける。
「…あ、ごめんなさい。」
実のところ、もうちょっとフェイトちゃんの可愛い姿を楽しんでいたかった…なんて絶対口が裂けても言えないけど。
「素直でよろしい。次からは気を付けるんだよ?――…で?何を見て欲しかったの?」
ポン、と彼女の小さな頭の上に手を乗せてから、話しを切り替えるタイミングに合わせて髪を梳いてやる。
そこであることに気付いた。
「えへへ~。気付いてくれた~?」
―― なのはママの隣にフェイトママが居ないのは やっぱりさみしい
『…なぁに、ヴィヴィオ?』
『なのはママ…フェイトママに、会いたい…。』
睡魔と戦いながらポツリと落とした想いが、なのはの心に波紋を広げた。
あの時は未だに来ないメールの返事のことを思い出し、「そうだね…」としか言葉をかけてあげられなかった。
~*~
そして事態が思わぬ方向へ曲がり出す 嵐の中で
「――フェイト、ちゃん。」
重々しく名を紡ぐ。けれど彼女は無言で顔を上げた。
いつもならほんわかと優しい笑顔をくれるのに、その逆。
だが――
(ど、どうして…?)
辺りを覆う煙幕は完全に消え、人物の全体像が否応なしに現実だと突きつける。その姿に頭が真っ白になってしまった。
彼女の姿形はあの頃と全く変わらない。
「……生命維持ポット。」
フェイトの声に震えが生ずる。
スカリエッティを捕らえた時のことがありありと蘇り、言いようのない怒りと混ざって母の姿が目蓋の裏を掠めた。
「……。」
こめかみに嫌な汗が伝う。
「「!?」」
突然超音波のような酷く耳障りな音が二人を襲った。
耳を押さえても逃げることは叶わず、頭が割れそうになる。
「…うっぐ…!!」
「…フェ、イト…ッ!」
フェイトとアルフに降りかかる 大いなる闇
「そ、そんな…う、うそ……。」
「フェイト!騙されちゃダメだ!そいつは…そいつは――!」
フェイトの腕がだらりと落ち、そのまま床に投げ捨てられる。
地に手を着いて起き上がろうと試みても、指先一つ動かせず関節が苦痛で悲鳴を上げる。
「無駄よ。細胞一つ一つにダメージを与えてるから、そうすぐには動けない。あなたの忠犬もすでに意識を手放しているわ。仲良く一緒に眠りなさい。」
「…っ!!」
~*~
―― ~雨がやんだら あなたに逢えますか?
―― ~また逢えると
胸がざわつき、どうにも落ち着けない。脳裏では最愛の人の笑顔がちらつく。
(フェイトちゃん…。)
歌詞がゆっくりゆっくりと全身の浸透していく一方、彼女への想いがどんどん溢れてきて、無性に会いたくてたまらなくなった。
フェイトちゃんのぬくもりに触れたくて、切なくなる心を和らげようと自らの肩をキュッと抱く。
―― ~きっとあなたは
「…大丈夫…だよね?」
窓の外に視線を投げると、視界に満月が映り、どうしてか目が離せなくなった。
あの銀色に光る丸い惑星が気になるんじゃない。その先の、ずっと遠くにいるあの人の笑顔が月の中に溶けていく。
「――フェイトちゃん。」
本編は6月20日リリマジ9「た14」にて!!